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日本の旅
北海道の旅          札幌・石狩

札幌市
 サッポロという名の由来はアイヌ語のサッポロ(乾燥した広大な地)という説とサリポロベツ(アシ原が広大な川)という説があるそうです。北海道の一大中枢都市でありながら、その市域の60%が森林だそうです。
 札幌の歴史は明治2年(1869)7月の開拓使設置に始まります。判官島義勇(しまよしたけ)が都市造りを計画、開拓使庁舎を中心に整然とした碁盤目状の街路が造られたのです。
 明治9年頃の人口は千人程度だったそうです。明治19年、北海道庁が新設されると人口が増え、大正11年(1922)市制施行の際には11万人になりました。大戦後ますます増加して昭和45年(1970)百万人を突破して東京以北初めての政令指定都市になっています。



札幌駅
さっぽろえき
北海道札幌市北区
 北海道の中心地、札幌市の鉄道の一大ターミナルで、明治13年11月28日開業しています。駅の南口には駅ビル「JRタワー」がそびえたっています。道南や道北、道東への特急列車が発着しています。



JRタワー
北海道札幌市北区
 平成15年(2003)3月6日オープンした札幌駅の駅ビルです。イーストとウエストに分かれていて駅前大丸を加えて駅の街をつくっています。イーストは展望室、JRタワーホテル日航札幌、オフィスなどが入った地上38階建ての高層棟で札幌で一番高い建物になっています。
 ウエストには商業施設・札幌ステラプレイスなどの地上9階建てのビルと大丸札幌店と魅力のあるショッピングタウンです。



大通公園
おおどおりこうえん
北海道札幌市中央区大通
 幅65m、道路も含めると105mで長さ1.5kmのグリーンベルトです。この通りを境に南の条と北の条に分かれます。もともとは「火防線」と呼ばれる防火地帯で、碁盤目状の市街を整備する基準となっていました。
 街路樹が植えられ芝生が敷かれた園内には噴水や花壇、様々な記念碑や詩碑、ブロンズ像などがあります。両サイドにはオフィスビルが立ち並んでいます。
 冬にはさっぽろ雪祭りのメイン会場になります。会場からのテレビ中継などは必ずここで行われます。冬の夜のホワイトイルミネーションも素敵です。



大通り公園
さっぽろテレビ塔
さぽろてれびとう
北海道札幌市中央区北1条西1
 大通公園の東端に建つ高さ147.2mのテレビ塔です。もともとは昭和32年(1957)電波の受信、発信の基地として建てられたそうです。赤い鉄塔とデジタル表示の時計が印象的です。
 現在は展望台があり大通公園や札幌市街はもちろん藻岩山、ジャンプ台のある大倉山、石狩平野、大雪山まで、360度の眺望を満喫できます。



時計台
とけいだい
北海道札幌市中央区北1条西2丁目
 時計台の名で市民に親しまれている札幌市時計台は北海道大学の前身である札幌農学校の演武場として明治11(1878)年10月に建築されました。
 この建物は当時アメリカ中・西部で流行したバルーンフレーム構法と呼ばれる木造建築構造様式を取り入れた飾り気のない簡素な実用建築で我が国では珍しい建造物です。
 時計塔には、米国ボストン市のハワード時計会社制作の時打重錘、振り子式四方塔時計(製造番号738)が設置されています。おもりは、豊平川で採石した玉石が使われているそうです。
 明治14年(1881)8月12日の運転開始から当時の姿のままで時を刻み続けています。現存する塔時計としては日本最古のものだそうです。国の重要文化財にも指定されています。
 時計塔の中の2階には、当時の演武場つまり体育館の様子が再現されています。正面の「演武場」の揮毫は岩倉具視によるものだそうです。札幌の街を歩いている時、鐘の音が聞こえてきました。



北海道庁旧本庁舎
 ほっかいどうちょうきゅうほんちょうしゃ
北海道札幌市中央区北3条西6
 明治2年(1879)北海道開拓使の設置に伴い政治の中枢として本庁舎が建築されました。その後焼失したため明治21年(1888)再建されました。これが現在ある建物です。
 中央にそびえる八角塔は、明治6年(1873)に米人開拓使顧問ケプロンの計画によって建てられ、6年後に消失した開拓使札幌本庁舎の八角塔を模したものだそうです。
 この設計は、平井晴次郎を主任とした道庁の技師が担当しました。アメリカ風ネオバロック様式のれんが造りの建物です。建築資材のれんが、硬石、木材などの多くは、道産品を使用しています。
 赤レンガ庁舎の名で親しまれたこの建物は代表的な明治建築の洋館として、国の重要文化財に指定されています。新庁舎完成までの80年にわたり、北海道の拠点、道の中枢としての役割を果たしてきました。
 北海道百年を記念して、昭和43年(1968)に創建当時の姿に復元したものだそうです。1階には道立文書館、2階には歴代の長官、知事の執務室があります。また庭園は100種、4500本の樹木が植えられています。夜はライトアップされています。



二条市場
北海道札幌市中央区南2
 札幌の街のド真ん中、狸小路1丁目から創成川を渡った南2条通りにある市場です。安くて新鮮な魚介類がいっぱいです。
 鮮魚をはじめ水産加工、食堂など60軒あまりがひしめきあって、いつも活気に溢れています。タラバガニや毛ガニなどがぎっしり並んで圧倒されます。



北大植物園
ほくだいしょくぶつえん
北海道札幌市中央区北3条西8
 クラーク博士の提唱で、明治19年(1886)、豊平川扇状地の地形をそのままいかして造られた、広さ13haの植物園です。
 原生林をそのままに保存する園内は約4000種の北海道ならではの植物が成育しているそうです。ハルニレやハンノキの原生林、高山植物園などもあります。


知事公邸



道立近代美術館
どうりつきんだいびじゅつかん
北海道札幌市中央区北1条西17
 北海道の美術作品をはじめ、エコール・ド・パリの作品、アール・ヌーヴォーから現代までの国内外のガラス工芸など、約3千点以上を収蔵しています。
 エコール・ド・パリとは、パリ派、という意味です。第一次世界大戦前後にパリに集まって反アカデミズムな創作活動を行った画家を指しています。モディリアーニをはじめ、ユトリロ、ピカソ、ローランサン、シャガールなどです。



三岸好太郎美術館
みぎしこうたろうびじゅつかん
北海道札幌市中央区北1条15丁目
 三岸好太郎は明治36年(1903)札幌に生まれました。18才の時上京して絵を学び、大正末から昭和初期にかけての日本洋画界において時代に先駆けた清新な仕事を残しました。
 昭和9年(1934)31歳で世を去った夭折の画家です。彼の遺作220点は北海道に寄贈され、道立美術館として収蔵されました。知事公館の庭の一角の楡や白樺を背景にしています。



北海道大学
ほっかいどうだいがく
北海道札幌市北区北8条西5丁目
 明治9年(1876)設立された札幌農学校が前身の国立総合大学です。初代教頭はあの有名なマサチューセッツ農科大学前学長のクラーク博士でした。
 北海道大学の札幌キャンパスの広さは約176haといわれます。東京ドームの約40倍という広大な敷地です。学生は1万人を超えます。ポプラ並木は有名です。
 武士道の名著で世界に紹介した新渡戸稲造、キリスト教無教会主義の創始者である内村鑑三、日本の植物病理学の基礎を築いた植物学者宮部金吾、白樺派の作家有島武郎などを輩出しています。


クラーク像
くらーくぞう
北海道札幌市北区北8条西5丁目(北海道大学内)
 「少年よ、大志を抱け (Boys, be ambitious)」の名言を残したクラーク博士の胸像です。初代クラーク像は大正15年に建立されましたが昭和18年の金属回収令によって献納され、現在のは2代目で昭和23年に加藤顕清によって監修され復元されています。
 クラーク博士が去った後も、彼が説いたキリスト教精神は息づき、官立学校にも関わらず学生の間で「イエスを信ずる者の誓約」が行われ、この中から新渡戸稲造、内村鑑三などの戦前の代表的なクリスチャンを輩出したのです。



中島公園
なかじまこうえん
北海道札幌市中央区南10条西7丁目
 北海道で最古の公園で「水の公園」として古くから市民に親しまれています。札幌の歓楽街「すすきの」のすぐそばにあります。札幌中心部ながら緑と水が豊かな憩いの場です。
 札幌コンサートホールキタラ、北海道立文学館、豊平館、八窓庵、天文台等が、池を挟んで建てられています。


道立文学館
どうりつぶんがっかん
北海道札幌市中央区中島公園1-4
 明治期や現在に至るまで、およそ130年におよぶ、北海道ゆかりの文学者の足跡を幅広く紹介する文学館です。


豊平館
ほうへいかん
北海道札幌市中央区北1条西1丁目
 豊平館は明治13年(1880)開拓使が北海道開拓使直属の洋風のホテルとして建築したものです。開館は明治天皇北海道行幸の行在所となった明治14年8月30日だったそうです。それ以来、皇族や貴賓の宿泊所として利用されたそうです。
 創建時には、大通西1丁目にありましたが、昭和33年(1958)都市の膨張と市民会館建設の必要性に迫られて現在の中島公園に移築されました。
 昭和61年(1986)には老朽化と移築などで失われた創建時の姿を復元する修復工事が完了しました。館の白い外壁を縁取る美しいウルトラマリンブルーは、創建当初を再現したものだそうです。
 昭和39年(1964)に国の重要文化財に指定されています。豊平館という名前は、札幌が北の都として豊かで平和に発展するようにとの願いを込め、豊平川の清流にちなんで名付けられたそうです。



八窓庵
はっそうあん
北海道札幌市中央区中島公園日本庭園内
 八窓庵は江戸初期(1579〜1647年頃)の茶人、小堀遠州が建築した茶室といわれています。居城であった江州(現在の滋賀県)小室郷小室城内の構内にあったそうです。
 この茶室が中島公園内の日本庭園にあるのは、札幌市の持田謹也氏が大正8年(1919)にこれを買い受けたことに始まります。北4条西12丁目の同氏邸内に移された八窓庵は、同時に京都の岡田英齋により修理されたそうです。
 その後他の人に譲られた後、札幌市に寄贈されたそうです。昭和11年(1936)には国宝、同25年には国指定重要文化財に指定され、昭和46年(1971)に札幌市の所有となり、現在の場所に移築されました。
 切妻造り屋根の平屋建ての八窓庵は8ケ所の窓を配することにより、その名のついたといわれています。


札幌コンサートホール「kitara」
さっぽろこんさーとほーるきたら
北海道札幌市中央区中島公園
 1997年7月4日オープンしました。2008席の大ホール(アリーナ型)と、453席の小ホール(シューボックス型)があります。
 大ホール正面にはケルン社製のパイプオルガンが備え付けられていて、毎年、専属オルガニストを招聘しているそうです。


札幌市天文台
さっぽろしてんもんだい
北海道札幌市中央区中島公園1−17 
 札幌市の都心に近い中島公園内に立地しており、市民が気軽に天体観望できる天文台として親しまれています。 財団法人札幌市生涯学習振興財団が管理する施設です。
 天文台は個人のを除くと日本で一番小さい天文台だそうです。口径20cm、400倍の性能を持つ屈折式望遠鏡を備えていて年約50回ほど夜間公開が行われているそうです。



渡辺淳一文学館
わたなべじゅんいちぶんがくかん
北海道札幌市中央区南12条西6丁目
 北海道上砂川町出身の直木賞作家です。札幌医科大学卒の医学博士でもあります。1968年の和田教授による日本初の心臓移植手術を批判して札幌医科大学を出ました。 この事件を小説である「白夜」「白い宴」 に詳しく書いています。
 渡辺淳一文学館は渡辺文学の世界を紹介する展示室をメインに、社会現象まで引き起こした「失楽園」の特別展示などをしています。「光と影」で直木賞、長崎ロシア遊女館」と「遠き落日」で吉川英治文学賞を受賞しています。



円山公園
まるやまこうえん
北海道札幌市中央区宮ヶ岡
 原始林におおわれる標高225.4mの円山の北西麓にあります。
 68万平方mという広大なところに動物園、北海道神宮、野球場、陸上競技場、テニスコートなどがあります。


円山動物園
まるやまどうぶつえん
北海道札幌市中央区宮ヶ丘3
 円山の丘陵を利用して造られた北海道最大規模の動物園です。「チンパンジー館」「タスマニア館」「オオカミ舎」「昆虫館」などあるそうです。
 動物たちとふれあえる「子供動物園」はヤギや羊、ウサギ、エゾリスなど多くの動物がいて、子供たちにも大人気だそうです。写真は長江巧氏のものです。



北海道神宮
ほっかいどうじんぐう
北海道札幌市中央区宮ヶ丘474
 明治2年(1869)、明治天皇の詔によって大国魂神、大那牟遅神、少彦名神の三神に北海道の開拓を御守護頂くために御鎮斉(ごちんさい)というお祭りを斎行したのが始まりです。
 その後明治4年(1871)に札幌神社と社名が定まり、現在の地に鎮座されました。昭和39年(1964)には明治天皇が祀られ、北海道神宮と改称されました。
 神社の鳥居をくぐると「開拓神社」があり、開拓功労者の御霊がまつられています。樹齢100年を越えるハルニレなどの大木の茂る森に守られています。
 北海道一の参拝者数を誇る北海道神宮です。特にお正月三が日は、 初詣の人々でたいへん賑うそうです。 家内安全、商売繁盛、交通安全で御利益があるそうです。



真駒内屋内競技場
まこまないおくないきょうぎじょう
北海道札幌市南区真駒内公園1番1号
  真駒内屋内競技場は、昭和47年(1972)に行われた第11回冬季オリン ピック札幌大会のフィギュアスケートとアイスホッケー会場として使われました。
 オリンピック終了後は、第1回、第2回冬季アジア大会、札幌ユニバーシアード冬季大会が開催されました。平成14年(2002)3月に1年にわたる大規模な耐震・老朽化対策工事を終え、安全で、楽しく快適な健康づくりの場となっています。



大倉山ジャンプ競技場
おおくらやまじゃんぷきょうぎじょう
北海道札幌市中央区宮の森1274
 昭和47年、冬季オリンピック札幌大会のジャンプ競技場として使われました。頂上には展望ラウンジもあり標高300mから札幌の市街地や石狩平野が一望できます。



札幌ドーム
さっぽろどーむ
北海道札幌市豊平区羊ヶ丘
 クラーク像が立つ羊ヶ丘展望台の手前に平成13年(2001)に札幌ドーム球場が完成しました。国内ドームでは初となる展望台もついていて、全長60mの空中エスカレーターで展望台まで行けます。
 両翼は100m、中堅122mあり国際規格を満たしています。フェンスの高さは5.75mで福岡ドームに次いで高くなっています。固定客席数は42831席、最大収容人員は53845人です。新庄入団の日本ハムの本拠地で人気が高まっています。
 このドームの最大の特徴は、野球場からサッカー場へ転換できるのです。野球とサッカーができるグラウンドなら数多くありますが、札幌ドームでは野球が人工芝、サッカーが天然芝に変身できるのです。



羊ヶ丘展望台
ひつじがおかてんぼうだい
北海道札幌市豊平区羊ヶ丘
 昭和34年(1959)農林水産省北海道農業試験場の一角に観光施設として誕生しました。
 広大な牧草地に放牧される羊の群れとポプラ並木、その向こうには札幌ドームが見えます。
 羊の群れがのんびりと草をはんでいます。札幌ゆかりのモニュメントも整備され、市民の憩いの場として北海道の観光名所として親しまれています。
 大ヒットした「恋の町札幌」を記念してつくられた歌謡碑です。
 「少年よ、大志を抱け (Boys, be ambitious)」の名言を残したクラーク博士の像です。米国帰国にあたり札幌近くの島松で馬上からこの言葉を叫んだといわれています。



厚田公園
あつたこうえん
北海道石狩市厚田区厚田12
 石狩市厚田区は、ニシン漁で栄えた歴史のあるまちです。平成の大合併で厚田村が石狩市へ合併した所です。国道231号をはさんで海側に「あいロード夕陽の丘」があります。夕日が美しいことで知られています。
あいロード夕陽の丘
 丘側には展望台や厚田資料館、戸田城聖の生家などがあります。頂上にある展望台は、道内の「恋人の聖地」100箇所の一つに選ばれています。愛を誓いプロポーズをするのにふさわしい観光スポットです。
 厚田資料室は旧厚田村が建設したもので、厚田の歴史や厚田出身の4人の偉人(佐藤松太郎・子母澤寛・戸田城聖・吉葉山潤之輔)を紹介しています。



白銀の滝
しらがねのたき
北海道石狩市浜益区雄冬
 白銀(しらがね)の滝は雄冬岬近くにある高さ約40mの滝です。暑寒別山系から流れ出た水が日本海に直接流れ落ちる滝です。
 国道231号のこの区間の開通を記念して白銀の滝と命名されました。雄冬岬の断崖で壮大なしぶきとともに幾千もの銀の柱のように流れ落ちています。
 雄冬岬は、昔は陸の孤島で、陸上交通は完全に遮断されていたそうです。昭和56年(1981)4半世紀に及ぶ難工事によって国道231号線が開通して、オロロンラインを繋ぐ大動脈が完成しました。
雄冬岬


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