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サロマ湖
さろまこ
北海道常呂郡(ところぐん)佐呂間町・北見市常呂町・紋別郡湧別町
 サロマ湖は道内では1番、全国でも琵琶湖、霞ヶ浦に次いで3番目に大きな湖です。佐呂間湖、猿澗湖などとも書かれ、独特の美しい湖面の青色は「サロマンブルー」と呼ばれています。
 サロマとは、アイヌ語の「サル・オマ・ベツ」ヨシが生える川を表しています。流入河川の佐呂間別川を指した地名なのですが、川が流れ込む湖の意味で「サロマ湖」になったようです。
 汽水湖では日本最大で、約20kmもの砂州によってオホーツク海と隔てられています。網走国定公園の中心をなす湖で、帆立貝,カキの養殖が盛んです。原生花園やサンゴ草が密生する岬もあります。



キムアネップ崎
きむあねっぷさき
北海道常呂郡(ところぐん)佐呂間町字幌岩
 キムアネップ崎はサンゴ草群生地として有名な場所で、サロマ湖の南東に突き出した半島です。「キムアネップ」はアイヌ語で、「山・細長い・もの」を意味しているそうです。
 キムアネップ岬にはキャンプ場を一周する形で全長1kmの遊歩道が整備されています。キャンプ場のまわりは原生花園があり、サンゴ草をはじめハマナス・センダイハギ・ヒオウギアヤメなどを見る事ができます。
 秋になると真っ赤な絨毯を敷き詰めたようになサンゴ草は、塩沼地(塩分を含んだ湿地)に生育するアカザ科の一年草です。日本では厚岸(あっけし)で最初に発見されたのでアッケシソウといわれています。



ハッカ記念館
はっかきねんかん
北海道北見市南仲町1丁目7ー8
Tel 0157-23-6200
 ハッカ記念館は戦前世界のハッカの約7割を生産していたという北見ハッカの歴史を伝える史料館です。乾燥ハッカの標本や、世界中のハッカ製品など様々な資料が展示されています。
 北見ハッカ記念館は、当時のホクレン北見薄荷(ハッカ)工場の事務所を利用して昭和61年(1986)に開館となったものです。記念館の中には、ハッカの製造工程がわかる工場資料や、かつての北見薄荷工場のジオラマなどが展示されています。
 別棟の薄荷蒸溜館ではハッカの蒸溜実演を行っていて、さわやかなミントの香りの中、見学することもできます。ハッカ記念館前のハーブガーデンでは、和種ハッカ・洋種ハッカ・多種のハーブが楽しめます。



能取湖
のとろこ
北海道網走市卯原内
 網走国定公園にある能取湖は北海道の東北部に位置し、オホーツク海とは砂州で区切られている潟(せき)湖です。周囲33km、面積58.4平方kmで日本の湖沼では13番目の面積規模を有しています。
 ノトロとはアイヌ語で「ノッ・オロ」岬のところという意味です。能取岬のことを指していますが、そこに近い湖ということで、この名がついたようです。
 南湖畔の最深部に北海道屈指のサンゴ草の大群落地があります。秋になると真っ赤な絨毯を敷き詰めたようになサンゴ草は、塩沼地(塩分を含んだ湿地)に生育するアカザ科の一年草です。日本では厚岸(あっけし)で最初に発見されたのでアッケシソウといわれています。



卯原内交通公園
うばらないこうつうこうえん
北海道網走市卯原内
 卯原内交通公園は昭和62年(1987)年3月、湧網線廃止にともない卯原内駅が廃駅となり、公園として駅跡地を整備したものです。公園には、この廃止された湧網線の資料を集めた「網走市鉄道記念館」があります。
 卯原内(うばらない)とは、アイヌ語で「オ・パラ・ライ」(川尻が死んだ川)、「オ・パラ・ナイ」(広い河口)、「ウパラ・ナイ」(すすの川)あたりからきていると推測されています。
 能取湖を目の前にして、ホームと廃線路には9600形蒸気機関車と旧型客車1両が置かれています。



網走湖
あばしりこ
北海道網走市〜網走郡大空町(旧女満別町)
 網走湖は網走市と大空町にまたがる海跡湖で、オホーツク海とは網走川で結ばれています。周囲39.2km、面積32.3平方km、南北に細長い形状をしています。
 湖水の上部は淡水層、下部は塩水層となっています。南岸の湖畔にミズバショウの大群生地があり、国の天然記念物に指定されています。
 網走湖畔では秋に、モヨロの夜祭り〜カムバックサーモン in 網走湖を開催しています。北方の民「モヨロ人」の住居をイメージしたテントが立ち並び、秋の北海道の風物詩ともいえる鮭の遡上を間近で見ることができます。
カムバックサーモン in 網走湖
 豊かなオホーツク文化を築きながら忽然と姿を消してしまった「モヨロ人」。その人々の主食とも言えるサケが生まれ故郷に帰ってくる季節にモヨロの夜祭りが繰り広げられます。
カムバックサーモン in 網走湖
 期間中、川はライトアップされ、手が届くほどの距離でたくさんの鮭が銀鱗をうねらせ力強く泳ぐ姿が見られます。
カムバックサーモン in 網走湖



オホーツク流氷館
おほーつくりゅうひょうかん
北海道網走市字天都山245−1
Tel 0152-43-5951
 オホーツク流氷館は天都山山頂にある流氷をテーマにした科学館です。ホタテ貝のような建物の中には流氷の神秘やオホーツク海の生態系について「流氷の海交流の海原」「海が凍る不思議」「流氷の海のいきもの」などコーナー別で紹介しています。
 「マルチハイビジョンシアター」では、自然と厳しさとともに、恵みのある網走の四季を紹介しています。ダイナミックな音響で流氷の擬似体験が味わえます。流氷の天使クリオネやフウセンウオなども飼育展示しています。
 「流氷とシバレ体験」は、この建物のメインといえるコーナーです。本物の流氷を直接触ることができます。ー15度の室内では、濡れたタオルが棒のように凍る「シバレ体験」もすることができます。



天都山
てんとざん
北海道網走市字天都山
 天都山は、網走市街地の南西にある標高207mの山です。網走国定公園内にあり国の名勝に指定されています。「天の都にのぼるような心地」から名前がついたそうです。
 山頂付近にはオホーツク流氷館、天都山さくら公園、北海道立北方民族博物館、レークビュースキー場、フラワーガーデンなど施設が整備され、網走市の主要観光地となっています。花の見頃の5月には「天都山さくらまつり」が開催されます。
 「石楠」主宰の俳人で、ホトトギスを批判し新しい自然観を確立した臼田亜浪の句碑があります。
  今日も暮るる
    吹雪の底の大日輪



北方民族博物館
ほっぽうみんぞくはくぶつかん
北海道網走市潮見309−1(天都山)
Tel 0152-45-3888
 北方民族博物館は、東はグリーンランドから西はスカンジナビアまで、日本のアイヌをはじめ、ロシア沿海州、アラスカ、シベリア、北欧諸国などの北方に暮らす諸民族の文化がわかる博物館です。
 エスキモー系のイヌイトやフィンランド系のスオミなどの北方の諸民族の、衣・食・住・生業・精神文化・文化の伝承などテーマ別に展示しています。網走のモヨロ貝塚に代表されるオホーツク文化のコーナーも充実しています。
 世界各国から集めた900点近くの貴重な資料が展示されています。アザラシの腸で作られた防水衣料、トナカイの革で作られた袋、白樺樹皮製の船など生活の知恵に感心させられます。



網走市立郷土博物館
あばしりしりつきょうどはくぶつかん
北海道網走市桂町1丁目
Tel 0152-43-3090
 網走市立郷土博物館は赤いドームの西洋館で、網走の豊かな「自然」と古代から現代に至る「歴史」の流れを展示解説しています。
 昭和11年(1936)、「北見郷土館」として建てられました。設計したのはアメリカの建築家フランク・ロイド・ライトに師事し大正・昭和期を通じて、北海道の建築に深い影響を与えた田上義也です。
 昭和23年(1948)、網走市に移管され、米村喜男衛氏が集めた考古、民族資料3千点が基礎となって郷土博物館になりました。モヨロ貝塚館は分館になっています。



モヨロ貝塚館
北海道網走市北2条東2丁目
Tel 0152-43-2608
 モヨロ貝塚館は網走川河口近くにある国指定史跡の遺跡です。函館の考古学のアマチュア研究家・米村喜男衛氏が大正2年(1913)網走川河口左岸の平地の地中から、従来とは全く異なった遺跡を発見しました。
 この遺跡は当時の村名からモヨロ人・モヨロ遺跡と名付けられました。彼は床屋をやりながら網走に住みこんで調査研究を行い、昭和8年(1933)オホーツク文化という独特の文化であることを付きとめました。そして昭和11年(1936)にオープンした「北見郷土館」に遺跡を展示しました。
 北見郷土館は網走市立郷土博物館となり、モヨロ貝塚館はその分館として昭和41年(1966)に建てられました。発見当時の状況で貝塚を復元・展示し、その特徴的な埋葬形態や生活の様子を伝えています。



博物館網走監獄
はくぶつかんあばしりかんごく
北海道網走市字呼人1−1
 博物館 網走監獄は、明治時代から実際に網走刑務所で使用されてきた建物や器物や歴史物を保存公開しているわが国では唯一の監獄博物館です。
 「赤レンガ門」と呼ばれた網走刑務所正門は、「最果ての監獄」と呼ばれ恐れられました。正門の左右には部屋が設けられていて、一方は正門担当看守が受け付けとして使い、もう一方は面会に来た家族が申しこみと待合室に使いました。
 5棟が放射状になっている木造平屋の舎房があります。国内で実存しているのはここだけで昭和61年(1986)まで使われていたそうです。
 「昭和の脱獄王」と呼ばれた「白鳥由栄(しらとりよしえ)」も、第四舎に収監されていました。白鳥はここでも脱獄に成功しました。その様子が人形により再現されています。
 園内の「行刑資料館」では、網走刑務所の歴史の裏側に秘められた罪囚の記録や、明治から現代に至る獄制の沿革をわかりやすく解説しています。



北浜駅
きたはまえき
北海道網走市北浜
 北浜駅は、網走駅と釧路駅を結ぶ釧網本線にある駅の一つです。オホーツク海にもっとも近い駅として有名です。流氷ノロッコ号なども停車し、真っ白い流氷がホームぎりぎりまで迫ってくるのを見ることができます。
 駅舎はドラマ「みにくいアヒルの子」や、中国映画「狙った恋の落とし方」など、多くの映画やテレビドラマなどの撮影で利用されました。待合室には旅人の名刺などが壁や天井が見えなくなるほど貼り付けられています。



屈斜路湖
くっしゃろこ
北海道川上郡弟子屈町(てしかがちょう)屈斜路湖
 屈斜路湖は阿寒国立公園中最大の湖です。火山性の陥没によりできたカルデラ湖で、周囲約57km、面積79.7平方km、最深部は約125mもあります。カルデラ湖としては日本最大で、世界でも有数の規模を誇っています。
 「くっしゃろ」は、アイヌ語「クッチャロ」喉口(のどぐち)の意で、湖からの川の出口を指しています。謎の生物クッシーの棲む湖として一時期話題となったところです。冬にはオオハクチョウがたくさん飛来します。
 火山地帯ですので、周囲には火山や温泉がたくさんあります。湖岸を掘ると湯が湧き出す砂湯は観光名所となっています。また湖底からも温泉が噴出しています。
砂湯
 砂湯キャンプ場は湖岸の砂を掘れば温泉が湧くという珍しいキャンプ場です。深く掘ると熱さが増すようです。湖畔にテントを張ると、地熱があるので砂が天然床暖房となります。
砂湯キャンプ場



弟子屈町屈斜路コタン アイヌ民俗資料館
てしかがちょうこたんあいぬみんぞくしりょうかん
川上郡弟子屈町屈斜路市街1条通11番地先
Tel 015-484-2128
 アイヌ民俗資料館は屈斜路湖南岸のかつてアイヌの人々の集落だったコタンの地に建っています。古代神殿風の個性的な外観の資料館です。
 アイヌ民族の歴史や暮らしをわかりやすく紹介しています。資料館の前庭にはコタンの長老が住んでいた伝統家屋のアイヌチセッが再建されています。
 捕らえた小熊を養育する際に使用した檻のエペレセッや、神々を祭った祭壇のヌササン、コタンの交通手段として使用された丸木舟のチェプも復元されています。



硫黄山
いおうざん
北海道川上郡弟子屈町川湯
Tel 015-483-3511
 硫黄山は第四紀火山で活火山です。標高は512m、アトサヌプリとも呼ばれています。アイヌ語でアトサ(裸)ヌプリ(山)という意味です。茶色の地肌がむき出しの山麓から山頂にかけて無数の噴気孔があり、硫黄分を含んだ白煙が上がっています。
 明治初期には硫黄の産出も行われていました。明治19年(1886)には約1万400トンを採鉱し、全道一の硫黄鉱山になるほどの埋蔵量を誇っていました。大量採鉱、大量輸送によって硫黄資源は枯渇してしまい、明治29年(1896)に採鉱を休止、鉄道も廃線になりました。
 8千年ほど前、屈斜路カルデラで発生した大噴火により隆起して硫黄山が出来、その後、安政年間(1854年頃)に小噴火しました。「熊落とし」火口がその時のものです。遊歩道で噴気地帯まで入ることもできます。



摩周湖
ましゅうこ
北海道川上郡弟子屈町弟子屈原野 第一展望台
 摩周湖は7千年前の巨大噴火によって生成された窪地に水がたまったカルデラ湖です。湖岸の海抜が351mもあり、険しい斜面の岸で囲まれています。
 日本でもっとも透明度の高い湖で、世界ではバイカル湖についでいます。急激に深くなっていることとその透明度から青以外の光の反射が少なく、晴れた日には「摩周ブルー」を見ることができます。平成3年(2001)には北海道遺産に選定されました。
 湖の中央に断崖の小島カムイシュ島があり、南東端に標高858mの神の山という意味のカムイヌプリ(摩周岳)がそびえています。
 流入する川はなく流出する川もありません。周辺の降雨が土壌に浸透したあと、十分にろ過されて流入するため有機物の混入が非常に少なく、生活排水の影響もないためリン酸塩の流入もありません。



双湖台
そうこだい
北海道釧路市阿寒町双湖台
 双湖台は阿寒湖と屈斜路湖・摩周湖を結ぶ国道241号線、通称「阿寒横断道路」沿いにあります。
 アカエゾマツなどが茂る大樹海の間に、アイヌの言葉で「上の湖」を意味するパンケトーと、「下の湖」を意味するペンケトーと名付けられた2つの湖を眺望することができます。
 手前に見えるペンケトーは、北海道のかたちに見えることで有名です。パンケトーはごく一部しか見えませんが、湖としてはこちらのほうが大きいのです。どちらの湖も立ち入りは禁止されています。



阿寒湖
あかんこ
北海道釧路市阿寒町阿寒湖温泉
 阿寒湖は全域が阿寒国立公園に属する雄阿寒岳のカルデラ湖です。面積13平方km、最大深度44.8m、湖面標高420m、北海道で5番目に大きい淡水湖です。
 湖上には大小の島々が浮かんでいます。水鳥の生息にとって重要な湿地として、平成17年(2005)ラムサール条約に登録されました。
 阿寒湖には特別天然記念物のマリモ(毬藻)が生息してます。主に北岸のチュウルイ湾とキネタンベ湾に生息し、鮮やかな緑色、ビロード状の美しい球形をしています。直径は小さなもので2cm、大きいものでは15cm以上にもなります。
 またベニザケの湖沼残留型であるヒメマスも生息しています。周囲はエゾマツ・トドマツなどの亜高山帯針葉樹林、および広葉樹を交えた針広混交林の深い森に覆われています。



阿寒湖アイヌコタン
あかんこあいぬこたん
北海道釧路市阿寒町阿寒湖温泉4−7−19
Tel 0154-67-2727
 阿寒湖アイヌコタンは温泉街の一角にあり、北海道で一番大きなアイヌコタン(アイヌ集落)です。200人ぐらいのアイヌの人々が生活しています。
 木彫りの工芸品店を中心に30軒あまりの物産店が通りの両側に並びアイヌの人や動物などの木彫り製品を売っています。
 コタン中央にあるチセ(家)では、国の重要無形民俗文化財に指定されているアイヌの古式舞踊を見ることができます。またここではアイヌの民族衣装の貸出しもいています。



小清水原生花園
こしみずげんせいかえん
北海道斜里郡小清水町〜網走市東部
 小清水原生花園は網走市東部から斜里郡小清水町にかけて広がっています。濤沸(とうふつ)湖の砂州上にあり、網走国定公園に属しています。
 5月下旬から花が咲き始め、6月から9月頃まで、ハマナス、エゾスカシユリ、エゾノコリンゴなど約50種の海浜植物が群生します。
 国道224号を挟んで濤沸湖側には、ヒオウギアヤメの大群落もあります。遊歩道も整備されていて知床連山をバックに花を眺めながら散策することができます。



濤沸湖
とうふつこ
北海道小清水町浜小清水〜網走市東部
 濤沸湖は北海道東部、網走市と小清水町にまたがる海跡湖です。小清水原生花園の砂州によってオホーツク海と隔てられています。湖岸の低地には塩性湿地帯がありサンゴ草が群生しています。
 「とうふつ」とはアイヌ語の「トー・プッ」(湖・口)からきているそうです。面積は約900ha、岸辺の総延長は約27kmあるそうです。平成17年(2005)には水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約・ラムサール条約の登録湿地に認定されました。
 多くの野鳥が飛来する湖で、ガンやカモは毎年6万羽以上が飛来しています。毎年10月下旬から4月上旬にかけて、オオハクチョウをはじめとする数千羽の白鳥を見ることができます。
 濤沸湖の西側にある「白鳥公園」ではオオハクチョウにえさを与えることもできます。 ここには「野鳥観察舎」もあります。



オロンコ岩
おろんこいわ
北海道斜里郡斜里町ウトロ
 オロンコ岩は斜里町ウトロ港のそばにある高さが約60mもある巨岩です。知床八景の一つに選ばれています。すぐ近くに三角岩があります。
 オロンコ岩とはアイヌ語で「そこに座っている岩」という意味だそうです。昔この岩の上にオロッコ族が住んでいて、アイヌ族に悪さをしたことから、怒ったアイヌ族が彼らを打ち破ったという伝説があるそうです。



亀岩
かめいわ
北海道斜里郡斜里町ウトロ
 ウトロ温泉入り口にあるチャシコツ岬は「亀岩」と呼ばれています。チャシコツはアイヌ語で「チャシコツエト」砦、砦跡という意味からきたそうです。
 この砦にはアイヌ族が住んでいて、オロンコ岩にいたオロッコ族と対峙していたと伝えられています。この岬の近くからは古代人の住居跡など古代人の生活跡の遺跡が発掘されています。



オシンコシンの滝
おしんこしんのたき
北海道斜里郡斜里町ウトロ
 オシンコシンの滝は斜里とウトロを結ぶ国道334号沿いにあり、チャラッセナイ川(滑り落ちる川)の河口付近にある滝です。途中から流れが2つに分かれていることから「双美の滝」とも呼ばれています。
 オシンコシンの滝は、知床8景の一つで、日本の滝100選にも選ばれています。名前の由来はアイヌ語で「オシュンク・ウシ」「川下にエゾマツが群生するところ」からきているそうです。
 落差は80mほどですが水量が多く、豪快に勢いよく流れ出ていて、水しぶきが降りかかるほどです。滝の上には散策路が作られていて、頂上にはオシンコシン展望台があります。
 滝の反対側にある海岸は、源義経が流れ着いた伝説が残る場所です。



知床五湖
しれとこごこ
北海道斜里郡斜里町岩尾別
 世界遺産の知床五湖は知床半島の原生林の中に点在する5つの湖です。各湖には固有の名称がなく、時計回りに第一湖から第五湖までの番号で呼ばれています。湿地帯にあるため融雪期には湖の数が増えます。
 知床五湖は知床国立公園に中にあり、知床8景の神秘的な湖です。流れ込む川も、流れ出る川もなく、五湖の水は湖底の岩を伝い、知床半島の断崖にしみ出しているともいわれています。
 周囲は全く観光地化されていませんので、知床の自然をそのまま楽しむことができます。5つの湖を一周できる遊歩道があり、数多くの植物、動物たちを目にすることができます。
 原生林に囲まれてたたずむ幻想的な知床の山々を「神々の足跡」と呼ばれた湖面に映す様は名画のようです。
 駐車場から展望台に連結していて、遊歩道を歩かなくとも、原始林の中の第一湖と知床連山を眺めることができます。



風蓮湖
ふうれんこ
北海道根室市〜野付郡別海町
 風蓮湖は根室半島のつけ根に位置し、周囲約96kmの海水の混ざる汽水湖です。コマイやチカ、カレイ、ニシンなどの漁業が行われる一方、オオハクチョウをはじめとする渡り鳥の重要な中継地です。
 風蓮湖と根室湾を区切るように、長さ8km、幅1.3kmの長大な砂州「春国岱」(しゅんくにたい)があります。国内最大級のハマナスの大群落や、砂丘上に自生するめずらしいアカエゾ松の原生林などがあります。
 風蓮湖は国内最大の白鳥の飛来地としてだけでなく、春国岱と合わせると日本で観ることができる野鳥の半数以上、約330種の野鳥を観察することができます。春国岱を含めて平成17年(2005)年にラムサール条約湿地に登録されています。



納沙布岬
のさっぷみさき
北海道根室市納沙布36−6
Tel 0153-28-3277
 納沙布岬は一般人が行くことができる日本最東端の岬です。珸瑤瑁(ごようまい)水道を挟んだ海の向こうにはロシアが不法占領して実効支配が続いている歯舞群島があります。
 納沙布岬から太平洋とオホーツク海が分かれています。岬には納沙布岬灯台、四島のかけはし、北方館、平和の塔があり、北方領土や根室半島も一望できます。
 日本の灯台50選にも選ばれている納沙布岬灯台は納沙布岬の先端に明治5年(1872)に建てられた道内最古の灯台です。
納沙布岬灯台
 白い灯台からの光は27km先まで届き、また霧の多い海域のため、霧笛も装備しており、4km先まで聞こえます。
納沙布岬灯台
 北方館は鉄筋コンクリート作り2階建てで、北方領土に関する豊富な資料が展示されています。2階部分は展望室になっていて、無料の双眼鏡も備えています。
北方館
 北方館は北方領土返還要求運動への理解を深めるため、北方領土問題対策協会により昭和55年(1980)に建設されました。北方領土問題の発生の状況や歴史的経緯を説明しています。
北方館
 北方館と同じ建物の左側に望郷の家があります。第二次世界大戦後、北方領土の島々を追われた元島民の心のよりどころとして昭和47年(1972)開設されました。
望郷の家
 戦前の四島の生活に関わる資料や四島の街並みを折り込んだ地図などが展示されています。
望郷の家
 「四島(しま)のかけはし」は世界平和と北方領土返還を祈念するために昭和56年(1980)に建てられました。高さ13m、底辺の長さは35mもあります。
四島のかけはし
 像の下には「祈りの火」と呼ばれる点火灯台があり、今日も赤赤と燃え続けています。昭和47年(1972)に沖縄県波照間島から採火したものです。
四島のかけはし
 寛政の蜂起和人殉難墓碑は明治45年(1912)珸瑶瑁の海岸の砂に埋まっていたものです。寛政元年(1789)に起きた「寛政アイヌの蜂起」の時、殺害された和人71人の供養のため彫られたようです。昭和43年(1968)国後島を望むこの地に移設されたそうです。
寛政の蜂起和人殉難墓碑
 きぼうの鐘は昭和62年(1987)、北方領土の返還を願って日本青年会議所が建てたものです。鐘を鳴らして北方領土返還を祈願するものです。
きぼうの鐘
 雄大な納沙布岬において、ひときわ目立つ白い塔がノサップ岬平和の塔です。一見灯台のような塔で高さ97mからの展望を楽しむことができます。
ノサップ岬平和の塔



花咲灯台
はなさきとうだい
北海道根室市花咲港
 花咲灯台は根室半島南側にある花咲岬突端にあり、「花咲灯台と車石」として根室十景の一つにもなっています。赤と白に塗られた四角形の灯台は、「日本の灯台50選」にも選ばれています。
 花咲ガニで有名な日本有数の漁獲高を誇る花咲港のそばにあり、明治23年(1890)に点灯されました。周辺には遊歩道が整備されていて、天然記念物の車石まで行くことができます。



車石
くるまいし
北海道根室市花咲港
 車石は放射状に発達した直径6mの巨大な玄武岩で、岩の形がちょうど車輪のように見えることからホイールストーン呼ばれています。「花咲灯台と車石」として根室十景のひとつになっていて、国の天然記念物に指定されています。
 この岩は、枕状溶岩(アルカリ粗粒玄武岩)です。海底で起きた火山の溶岩が、海水の温度で急激に冷やされることによりできる岩のことです。その過程で放射状のような、または同心円状の節目ができます。この節理は非常に珍しく世界的にも貴重な評価を得ています。
 節理の岩を輪切りにしたような岩は約6千万年前にできたといわれています。周辺には規模の小さな車石が他にもいくつかあります。



和田屯田兵村被服庫
わだとんでんへいふひふくこ
北海道根室市西和田568−2
 和田屯田兵村は、明治19年(1886)東和田に220戸、明治21年(1888)と翌年に西和田に合わせて220戸が、それぞれ入地してできました。
 屯田兵村には居住のための屯田兵屋だけでなく、事務所や兵器庫なども建てられ、集落を形成していました。被服庫は衣類を保管する倉庫として建てられました。
 和田屯田兵村被服庫は入植する前年の明治18年(1885)に造られたと推定され、屯田関係の建物では唯一の被服庫です。木造切妻屋根の平屋建で、屋根裏に物置があります。
 この被服庫の構造は、アメリカ西部開拓が生んだ独自の構造形式であるバルーン・フレーム形式です。札幌の時計台と同じ形式なのです。庫内には屯田兵が使用した生活用品が展示されています。



羨古丹駐車公園
うらやこたんちゅうしゃこうえん
北海道厚岸郡(あっけしぐん)浜中町羨古丹
 羨古丹駐車公園は浜中町から根室市に至る道道の途中(北太平洋シーサイドライン)にあります。ウラヤコタンとはアイヌ語の「ウライ・ヤ・コタン」簗[やな]網の部落という意味です。ここにはウラヤコタン異国船上陸の地という浜中町の史跡があります。
 天保2年(1831)オーストラリアの捕鯨船レディ・ロウエナ号がウラヤコタンの海上1里半で停泊、同船乗組員がここに上陸し、近隣の空き家などに放火する事件が起こりました。
 松前藩の役人や弓矢や馬の達者なアイヌなど45人が対峙しました。17日間の断続的な戦闘とにらみ合い後、異国船は捕虜を返還して突然去っていったということです。



霧多布岬
きりたっぷみさき
北海道厚岸郡(あっけしぐん)浜中町湯沸(とうふつ)
 根室と厚岸の間、浜中湾と琵琶瀬湾を区切るように太平洋岸に少し突き出た半島があります。その東端先端にあるのが霧多布岬です。正式には湯沸(とうふつ)岬といわれますが「ゆわかし岬」と読む人が多いため、現在では観光用につけた霧多布岬が一般的になっています。
 名のとおり霧に覆われることが多い岬で、標高40mの丘の上に草原が広がり、海岸は切り立った断崖絶壁の崖が続いています。岬の手前には霧多布岬展望地があり、岬の先端には霧多布灯台があります。
 霧多布岬灯台も岬と同様に正式には湯沸岬(とうふつみさき)灯台といいます。根室独特の四角形の赤白灯台です。昭和4年(1929)に旧浜中村が建てた霧多布港灯柱がこの灯台の前身です。
霧多布岬灯台
 昭和26年(1951)海上保安庁の管轄になり湯沸岬灯台が点灯しました。昭和60年(1985)の改築で現在の積み木を積んだような三段の赤白灯台となっています。少し前までは、灯台の先に霧信号のダイヤフラムホーンが設置されていました。
霧多布岬灯台



霧多布湿原センター
きりたっぷしつげんせんたー
北海道厚岸郡(あっけしぐん)浜中町4番沢20
Tel 0153-65-2779
 霧多布湿原は北海道南東部、琵琶瀬(びわせ)湾に面して扇形に広がる湿原です。キリタップはアイヌ語で「キータプ」茅を刈るところからきています。面積は32平方kmで、釧路湿原、サロベツ原野に次いで国内3番目の広さがあります。
霧多布湿原
 ミズバショウやハマナスなど花の咲く植物が多く、「花の湿原」と呼ばれます。平成5年(1993)ラムサール条約に登録されています。
霧多布湿原
 霧多布湿原センターは霧多布湿原の北側の丘の上にあります。ここは、環境教育の視点から長ぐつをはいて湿原散策をする「長ぐつトレッキング」などのエコツアーや、自然体験学習に取り組むビジターセンターです。
霧多布湿原センター
 湿原についてもわかりやすく解説していて、ここからは双眼鏡などでタンチョウなどを観察することもできます。全長500mの木道を歩きながら散策する事もできます。
霧多布湿原センター



海事記念館
かいじきねんかん
北海道厚岸(あっけし)郡厚岸町字港町50−1
Tel 0153-52-4040
 厚岸町海事記念館は、厚岸の海を賑わせた鯨とニシン漁について、歴史的変遷のほか、海と街の人々との密接な関わりを展示する施設です。
 厚岸町開基190年を記念して、役場庁舎前に昭和63年(1988)10月に開館しました。1階は海事と歴史、2階はプラネタリウム、サンエスホールになっています。
 1階の奥中央にはイーモント号の船底の残がいの木片が展示されています。イーモント号はオーストラリアの捕鯨船で嘉永3年(1850)末広沖で座礁、32人の乗組員が救助され長崎経由で故国に帰ることができた事件でした。



正行寺
しょうぎょうじ
北海道厚岸(あっけし)郡厚岸町梅香1−19
Tel 0153-52-2443
 真宗大谷派は東北海道方面の開教のため、明治10年(1877)現地調査をし、明治12年(1879)、僧恵明を着任させて、湾月町に厚岸説教場を開いたのが正行寺の始まりです。
 現在の本堂は、新潟県西頸城郡西海村(現糸魚川市)の浄土真宗満長寺にあった寛政11年(1799)建築の本堂を移築したものです。明治42年(1909)に解体して船で輸送し、2年後に落慶法要が営まれています。
 正行寺本堂は平成4年(1992)道東で初の国の重要文化財の指定を受けました。正面18.3m、側面21mで、正面に向拝、内部には内陣、余間、外陣、参詣間を有しています。
 内陣廻りの唐狭間には牡丹の透かし彫りや極彩色を施しており、北海道の近世寺院としては、豪華で格調高いものです。最近本堂が建立された江戸時代の貴重な古文書が大量に使われていることが分かり全文解明に乗り出すことが決まりました。
 平成21年(2009)、正行寺鐘楼も国の登録有形文化財に指定されました。明治41年(1908 ) に建立され、桁行一間、梁間一間の入母屋造りで、吹放ち鐘楼です。



国泰寺
こくたいじ
北海道厚岸(あっけし)郡厚岸町湾月1丁目5
Tel 0153-52-3064
 景運山国泰寺は、湾月のバラサン岬にある臨済宗南禅寺派の道東随一の古刹です。文化元年(1804)徳川幕府により建立された蝦夷三官寺の一つです。ロシアの南下や異教の侵入阻止、アイヌ人の教化を主な目的としていたようです。
 国泰寺の山門は国の史跡に指定されていて、徳川家の家紋が彫られています。また北海道最古の仏牙舎利塔を含む、お寺全体も国の史跡に指定されています。
 国泰寺には、初代住職から約60年間書き継がれた寺務日誌の「日鑑記」等が残されています。
 境内には樹齢170年以上という老桜樹があります。その昔、この桜の下で風雅な宴を催したことが「日鑑記」に記されています。
国泰寺老桜樹
 厚岸町郷土館は国泰寺の隣りに昭和42年(1967)に開館しました。館内には道指定有形文化財「日鑑記」など国泰寺資料をはじめ、多数の古文書、国指定重要文化財「蝦夷三官寺国泰寺関係資料」などが所蔵展示されています。
厚岸町郷土館
 またアイヌ関連の展示や明治23年(1890)に入植した太田屯田兵関係資料、埋蔵文化財資料、民俗資料を展示し、古くから栄えていた厚岸の歴史がわかるようになっています。
厚岸町郷土館



釧路市立博物館
くしろしりつはくぶつかん
北海道釧路市春湖台1−7
Tel 0154-41-5809
 春採(はるとり)公園の中にある釧路市立博物館は昭和11年(1936)に創立され、昭和58年(1983)に現在の場所に移転しました。釧路の自然と歴史を学べる自然史系の総合博物館です。
 タンチョウが翼を広げたイメージをデザインしたユニークな外観で、毛綱毅曠が設計し、昭和59年(1984)の日本建築学会賞を受賞しています。
 釧路の自然や歴史を「マンモスのふみしめた大地」、「タンチョウをはぐくむ釧路湿原」、「海霧につつまれた自然と人びとがおりなす歴史」とテーマ別に分けて展示しています。アイヌ文化を紹介する「サコロベの人々」や「タンチョウ」のコーナーは特に人気があります。
 釧路市埋蔵文化財調査センターは釧路市立博物館の正面に向かって右側の建物にあります。土器・石器・骨角器などを展示した収蔵展示室を公開しています。
釧路市埋蔵文化財
調査センター
 春採湖畔に昭和52年(1977)に「釧路市埋蔵文化財調査センター」が設置され、昭和58年(1983)に「釧路市立博物館」とともに現在地にオープンしました。
釧路市埋蔵文化財
調査センター



幣舞橋
ぬさまいばし
北海道釧路市北大通1
 釧路の幣舞橋(ぬさまいばし)は、札幌の豊平橋、旭川の旭橋とともに北海道の三大名橋に数え上げられています。ヌサマイとはアイヌ語の「ヌサオマイ」幣場があるところからきているそうです。幣場(ぬさば)とは、神を祀るためのイナウ(木幣) を立てて並べ、祭祀などの儀式を行う場所のことです。
 橋の欄干には「春夏秋冬」を表したブロンズ像を配し、街路灯もロンドンを思わせるエキゾチックな香りを漂わせています。
 度重なる釧路川の氾濫で作り直され、現在の幣舞橋は5代目になり、昭和52年(1977)に竣工されました。全長124m、幅33.8m、高さは2.3mです。釧路を代表する観光名所の一つで「釧路十景」に選ばれています。



釧路芸術館
くしろげいじゅつかん
北海道釧路市幸町4ー1−5
Tel 0154-23-2381
 釧路市内には、北海道立釧路芸術館と釧路市立美術館の二つがあります。平成10年(1998)にオープンした芸術館は、国内外のすぐれた美術作品を紹介する、さまざまなテーマの美術展を開催しています。
 写真作品、自然をテーマとする作品や、釧路・根室の地域と関連した絵画、版画、彫刻、写真等の作品を中心に収集、収蔵しています。絵画、写真などの所蔵品展や特別展を開催。1階にミュージアムショップがあります。



鶴見台
つるみだい
北海道阿寒郡鶴居村(つるいむら)下雪裡
Tel 0154-64-2114
 鶴見台はタンチョウの給餌場の一つです。道道53号線沿いにあり、駐車場も完備しています。毎年11月〜3月頃になると180羽あまりのタンチョウが集まり、朝と午後、野生のタンチョウへの給餌が見られます。
 一時絶滅が心配されたタンチョウが、この地に見られるようになったのは、地元民の保護活動のおかげです。 昭和38年(1963)、下雪裡小学校がツル公園をつくり、タンチョウに餌を与え続けました。
 昭和49年(1974)小学校が廃校後、渡部トメさんという人が餌を与え続け餌付けに成功したということです。タンチョウは渡り鳥ではなく、湿原の奥深い場所に生息していて、夏は川の魚などを餌として食べています。しかし冬は餌がほとんどないために、鶴見台に飛来してくるのです。



北斗展望台
ほくとてんぼうだい
北海道釧路市北斗
 北斗展望台から広大な釧路湿原を眺めることができます。釧路湿原は釧路平野にある面積18290haの日本最大の湿原です。ヨシ-スゲ湿原で「釧路のタンチョウ及びその繁殖地」として特別天然記念物に指定されています。
 昭和55年(1980)ラムサール条約に登録され、昭和62年(1987)湿原周辺は釧路湿原国立公園に指定されています。ここはタンチョウなど多くの鳥類の繁殖地・休息地となっています。タンチョウは夏季繁殖地は湿原を含む道東各地に生息しますが、冬には釧路湿原へ戻ってきて越冬します。



ワイン城
わいんじょう
北海道中川郡池田町清見83
Tel 015-572-2467
 中世ヨーロッパのお城を思わせるワイン城は池田町の小高い丘の上に建っています。正式には「池田町ブドウ・ブドウ酒研究所」という名で、全国的にも名高い十勝ワインを造っています。
 ワイン城は池田町が経営しています。ワインの醸造から瓶詰めまでの過程を順を追って見学できます。ワイン城の敷地の中には「ドリカム」の池田美和の記念館もあります。
 十勝ワインは国際的なワインコンクールで数々の賞を受賞しています。地下のワイン熟成庫には甘い香りが漂います。



北海道立帯広美術館
ほっかいどうりつおびひろびじゅつかん
北海道帯広市緑ヶ丘2
Tel 0155-22-6963
 北海道立帯広美術館は緑ヶ丘公園の中央に建つ美術館で平成3年(1991)9月に開館しました。建物の入口には、ブールデル作の「勝利」の像が迎えてくれます。道東の美術、プリントアート、西洋の風景画・風俗画を中心に所蔵しています。
 モダンな館内には、神田日勝をはじめとする十勝、釧路、根室、網走地方にゆかりのある作家の作品や、ロートレックやボナールなど近・現代の版画を中心としたプリントアートなど収蔵・展示しています。



帯広百年記念館
おびひろひゃくねんきねんかん
北海道帯広市緑ケ丘2 緑ケ丘公園
Tel 0155-24-5352
 帯広百年記念館は、静岡県松崎町で結成された開拓団体「晩成社」が、帯広に入植してから百年目にあたる昭和57年(1982)に開館しました。博物館と創造活動センターの機能を持った十勝地域の広域複合施設です。
 帯広や十勝地方の歴史・産業・自然・風土を紹介しています。第1展示室では十勝の自然や開拓期の様子、第2展示室では十勝平野の形成などを紹介しています。博物館講座・郷土学習見学会・自然観察会などのプログラムも開催しています。



おびひろ動物園
おびひろどうぶつえん
北海道帯広市緑ヶ丘2
Tel 0155-24-2437
 おびひろ動物園は昭和38年(1963)7月に開園した道内で2番目の歴史がある動物園です。動物園自体は中小規模ですが、冒険家「植村直己」さんゆかりの品を展示している植村直己記念館「氷雪の家」や、観覧車やメリーゴーランド、ゴーカートなどの遊具も備えています。
 ライオンやゾウ、キリンなどおなじみの動物をはじめ、シベリアトラ、ホッキョウグマなど北方系動物、国の天然記念物に指定されているオオワシ、オジロワシ、大雪連峰や日高山脈にしか生息しないエゾフクロウなど80種500点の鳥や動物たちが飼育されています。



氷雪の家
ひょうせつのいえ
北海道帯広市緑ヶ丘2 おびひろ動物園内
Tel 0155-24-2437
 氷雪の家はマッキンリー冬季単独登頂中に消息を絶った冒険家・植村直己氏の功績をたたえる記念館です。館内には、植村氏が生前に愛用した道具や世界各地を冒険した時の写真、5大陸最高峰の石などが展示されています。
 植村直己氏が実際に旅を共にしたエスキモー犬の剥製が当時の再現をしています。北極圏1万2千キロの際のリーダー犬・アンナや、北極圏やグリーンランドで活躍した後、帯広動物園で飼育されていたクマ、イグルーなどです。



馬の資料館
うまのしりょうかん
北海道帯広市西13条南8丁目(帯広競馬場内)
Tel 0155-24-2169
 馬の資料館は帯広競馬場内にある資料館です。農耕具や馬具、写真などの資料が充実。馬の起源から開拓期をへた十勝の人々との関わりまでを知ることができます。
 農耕馬を使って農作業していた開拓時代を再現する模型、鋼鉄を打つ姿などのほか、ばんえい競馬や馬文化の紹介、農耕馬の生い立ちなどを知ることができます。



ばんえい十勝(帯広競馬場)
ばんえいとかち(おびひろけいばじょう)
北海道帯広市西13条南8丁目
Tel 0155-24-2169
 帯広競馬場は世界で唯一「ばんえい競馬」を開催する競馬場で「ばんえい十勝」と呼ばれています。収容人数は1万4千人、厩舎は31棟、馬房数は732戸の規模を誇っています。
 ばんえい競馬では、全長200mのコースを、体重1tの馬が最高で重さ1tの重量物を載せた鉄のソリを曳いて競います。コース途中に2箇所の障害(坂)があり、ゴールはソリの最後端がゴールラインを通過した時に決定します。



帯広市野草園
おびひろしやそうえん
北海道帯広市緑ヶ丘2
 帯広市野草園は緑ヶ丘公園にあります。わずか4.4haの広さですが、自然のままの原生植物が残っていて、さまざまな地質や植物形態を見ることができます。
 野草樹木82科、約372種が生育しています。四季折々の花が観賞でき、市民の散策コースにもなっています。園内には休憩広場も設けられています。



広尾町鉄道記念公園
ひろおまちてつどうきねんこうえん
北海道広尾郡広尾町西四条
 広尾駅は日本国有鉄道広尾線の鉄道駅だったところで廃線になっています。昭和62年(1987)駅舎裏手の構内は駐車場と鉄道記念公園になっています。
 広尾駅舎はバス待合所として活用されていて、十勝バスとJR北海道バスが乗り入れています。出札窓口は十勝バス広尾案内所として活用されています。鉄道記念公園にはパターゴルフ場も併設されています。


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